「Pretense 3」

 

「破ァッ!!」
さながらトラックの正面衝突のような激突音が響き渡る。

「オォォォッ!!」
規格外の怪物が咆哮を上げ迫ってくる。

4mを軽く越す巨体、1000キロに達する質量、その体躯だけで既に兵器。
巨躯の持つ特有の鈍重さはその兵器には無く、その拳は空気を歪ませる速力で放たれていく。
ギガゾンビの放つ拳撃を防ぐ、それはバズーカを1mの間合いから弾くようなものだ。
そんな─

「どーしたっそんなものか!!」
「──っッ!!」


 そんな人の領域を超えた至芸をトムは軽々と演じていた。

手にした棍はいとも容易く破壊の拳を叩き落し、返しの一撃をお見舞いする。
「名刀・電光丸」
それがトムが手にしている道具の名前である。

元は刀の形状なのだが、使い手の趣味により現在は棹状と為っている。
センサーにより敵の動きを感じ取り、高速計算処理し作戦を展開、
使用者の神経に直接命令を伝え、
文字通り電撃で後の先を叩き込む時空警察専用の鎮圧道具である。
弱点はバッテリーの持ちが短いこと、強度に劣ること。
半百も打ち合えばただの棍に戻り、打ち合えばその半分にも満たない数で刀身は湾曲する。

しかし既にトムは幾百もの大砲を受け止め排撃している。
 どうやって?理由は簡単、彼は道具の力を使っていないのだ。
道具の特性を体に覚えこませ、それを体現することが出来る。それが彼の技(ちから)。
─故に呼び名は"最強の道具使い"
無論全ての道具を引き出せるワケではないが、それでも彼の再現できる道具は100を越える。
そんな神技を使う人間に敵うものなどありはしない、
ギガゾンビも例外ではない。

微々たる変化だが形勢はトムへと一歩一歩傾く。
ギガゾンビが1撃打てばトムは複数撃を持って迎撃する。
超硬質金属の表皮とはいえ弾速に匹敵するトムの攻撃を雨のように受け無事で済むはずが無い。
このまま戦いが続けば、徐々に徐々にギガゾンビは敗北へと誘われるだろう。



しかしソレは有り得ない。
何故なら彼が今闘っている相手は

"最凶の道具"なのだから。

 


 

まるで鋼鉄を叩き続けているような感覚。
鍛え上げていることは一目でわかるがそのような頑強さではない。
腕力に任せてぶん殴ってしまえば砕けないことも無いが、それでは動作に"溜め"が居る。
その微々たる隙でも台風が屋根を吹き飛ばすには十分、忽ち潰されてしまう。
今のまま迎撃し続ければいつかは破壊できるかも知れないが、自分のことはよく知っている。
正直、そこまで辛抱は出来ん。

トムが大きく後ろに跳ねた。

トムが実際に体現できる道具の条件は2つ。
肉体だけで動きを再現できるものであること、重ねて自分の肉体の限界を越えないこと。
つまりスモールライトやどこでもドアは完全に範囲外、
超人的なトムの身体能力を裳ってしてもテキオー灯などは5分程度しか再現できない。
(トムの個人的な趣味により着せ替えカメラだけは再現できたりする。何故か。)
しかしながらそれは肉体の限界までは道具を強化して使用できるということ。

「SL煙突、制限解除−Sandals of perseus−」
また、制限解除命令のチップを体内に入れるという性質上、行うことが出来ない─

「電光丸、制限解除−千鳥−」
─道具の複数同時制限解除が可能だということ。

ギガゾンビが拳を構えなおす。
トムはそれに、ただタイミングだけを合わせる。

一瞬の静寂の後に響く空気が爆ぜる轟音。

瞬間移動と言っても過言ではない神速。
そこから繰り出された稲妻を切り裂く剣の名を冠した制限解除。

カウンターで叩き込まれた究極の一撃、
戦艦の衝突ですら耐え切るギガゾンビの頭部はジグソーパズルよろしく呆気無く崩れ

そのピースは今一度元のカタチを象(かたど)った。

                                    しかばね
10の九乗の死を以ってしても駆逐することの出来ない生ける道具。
その物体を人はギガゾンビと呼んだ。

 


 

『報告書』
■本文

「雪の住処」に点在すると思われていたUMAの捕獲に成功。
雪に埋まった洞窟の中に身を隠しており、衛星カメラにも捉えることができなかったが、
調査員の索敵道具により洞窟を発見、その内部探索での目標の捕獲に成功。
生体捕獲数、1体。死体での回収、1体(全身が損壊しており一部欠損)。
洞窟は一つのつがいが住処にしており、生体捕獲したのはその雄である。
年齢についてはヒトでいえば10歳ほど。体躯もその年齢ほどだが筋肉は発達している。
赤毛であり、毛皮を身に纏う。身体能力凄まじく捕獲時に重傷者2名。
麻酔銃の掃射により捕獲に成功。

雌もサンプルとして捕獲しようと試みたが、雄がその行く手を阻みその間に遠くへ。
我々が周囲を取り巻くように設置した逃亡防止の部隊による静止を試みたが、
隊員を逆に殺害、敢え無く銃撃。それでも抵抗激しく、迫撃砲により目標砲撃。死亡。
死体の損傷は激しいがサンプル体としての出来る限り拾い集め回収。

※ MEMO
個人的な雑感をかかせて貰うと、想像よりヒトに近い。全く、驚きです。
しかし極寒のヒマラヤであれだけ肌を出しているのを見ると、
矢張り人体構造に何か違いがあり、体温調節機能も独自のものを持っていることが■えます。
また既に■殖能力はあったのか雌の死体の中に胎児と思しきものを発見。
その死体を雄■確認させて見ると、麻酔の効果が無いかのように怒り狂いました。
驚異的な代謝能力と人並の感情も持ち合わ■ているのです!(その後、また眠らせました。)
毛皮や、彼らが作ったであろう装飾品(ピアスのようでした)も身につけており、
生物としての知能の高さ、器用さも■■ます。まだまだ未知の部分はあるでしょう。
あぁ研究室■帰■ての調査が待ち遠しいです。

訂正:私は研究に■加す■ことが■■■■ん。とても残念です。
    彼らを■ってい■■た。あぁ研■■きないこ■が心残りだ。
    少なくともこのサ■■ルは危険な■■だけは判明しました。
    ヘリの運転手は殺されまし■■中の武■兵も全員。そして私もじき。
    私の部下にこのサンプルの研究■限は引き渡します。彼女は優秀だ。
    ぜひともその結

以上、報告書全文。■は血痕により解読できなかった部分。

 


 

「手間ぁかけさせやがって」

さも面倒くさそうに言ったのはトムだった。
その手には何か宝石のようなものが握られ、
それに繋がる金属製の管がブランと垂れ下がっている。

対手であるギガゾンビはその場にただ立ち尽くし、その目に既には光は宿れども瞬きすら無い。
頚椎に空いた大穴が徐々に塞がっていく以外に彼に動きは無い。

「運動核を奪った。形状記憶金属の身体でも命令無くば動けんだろう。」

トムが抉り当てたのは人間で言う脳の運動野に辺る部分である。
たったその小さな塊を奪われたことによりギガゾンビは動きという現象を失なった。

─機械であるもの最大の弱点。
金属事態が無限の再生機能を備えていようと、それらの成す部品一つでも欠ければ機能を失うこと。
最低限度の部品だけで組まれる、人体には有り得ない"故障"という事象だ。
運動中枢を奪われただけでは彼は死なない。意識はハッキリしている。
ただ時間が止まったように身体の隅々まで凍っているだけだ。
しかしそれは誰の目にも判る明らかな敗北であった。


物言わぬ屑鉄と化した自分にトムが無造作に歩み寄ってくる。
慢心からの余裕では無い、私にもう抵抗する手段が無いことを彼は知っているのだ。
その通り、この私にはもうこの状況を打破する手段などないのだ。

このツチダマには。

刹那。

ボッ

勝負は決した。



「困るんだよ、ツチダマを壊されちゃぁ」

するすると巨人の内部より降りる黒の法衣に身を包んだ女性。
首からはアンチキリストの象徴の逆十字をぶら下げている。
黒い長い髪は右側の前髪だけを垂らしておりさながら右半面に黒の仮面を被っているかのよう。
否、彼女全体、彼女の生命、彼女の存在が漆黒の闇を纏っている。

まさに夜の具現。

「ほら、私は今みたいに不意打ちするぐらいの戦闘力しか無いんでね」

その言葉に嘘は無い。
嘘とは二面性を持つものでしか放てない。
常夜の彼女の言葉は全て真実である。


ギガゾンビ─
彼女が放った雷撃により心臓は既に跡形も無い。
薄れ逝く意識。遠のく光。まどろみに沈む魂。
トムという存在はここに消え去っていく。

 


 

「総長・・・っ」 「一将!!」

駆けつけた二人の眼前にあり得ない光景が広がっていた。
鮮血に伏している人物の影を捕らえてから状況を理解するまでに数秒の時間を要した。
時空警察の保有する最強の個人戦力が破られたなど、そんなことがある筈が無い。
あっていい筈が無い。何故なら既にその対主に対抗できるものがいないから。
時空警察の敗北が立証されたのだ。

胸に大穴を開けたトムから生気は感じられない。
いや、あの気性のトムだ。生きていれば奴にまだ食らいつくであろう。
確認せずとも生死は明らかだ。その殺害犯も。
トムの死体を見下ろすように立つ大小二つの影。
その小の方が持つ得物からは一条の煙がたなびいている。
おそらく砲弾か何かが発射されたのだろう・・トムを目掛けて。

「てめぇか」
「はじめまして、私がギガゾンビだ。」


するりと優雅に慇懃な礼をする黒衣の女。
淡々とした口調でトムの殺害犯を明かす。

「その通り私だよ、椋調査員。」

「おぉぉぉぉぉおおおおおっ!!」

巌、と大地を蹴りこみ、咆哮を上げ飛び出したのは椋だった。
戦力差の分析も行わず、感情のままに怒りの一撃を見舞わんと刺突を繰り出す。
完全に小細工の一切無い、雑で膂力のみに頼った何ということは無い突進。
こんな一撃、それなりの使い手であれば容易く交わし返しの一撃で首を落とすであろう。
しかし、それも人を相手にした場合の話、彼と等式で結ぶことは出来ない。
椋の足の一蹴りはコンクリートの床を砕き、同等の反作用で赤い影を前に撃ち出す。

何という恐ろしき人外の腿力。
それを以ってすればただの突撃も質量90キロ、秒速100メートルの弾丸と成る。
その弾丸は目標がどこに避けようと自在に追尾し、回避は不可能。
いや、その速力の前に避けることを脳が判断するコンマ秒で、
既にその槍の刃は腹を抉り割っているだろう。
ただの一突きを必殺の一撃へと変貌させる雪男は十間の間合い一瞬で縮め、
一筋の紅光と化し最短距離を一直線に突き破る─!


刹那、視界の端にから緑の影が霞む。
それはよく知った成り形のモノでは無かったか。

雪男の突進が野生の技、運動能力の究極というなら、
彼を交差法で吹き飛ばした一撃は鍛え練られた研鑽と、積み重ねた術理による究極であった。
現れた緑の影は椋の槍の穂先を人差し指と中指で挟み込んだ。
たとえ剛力無双な壮士に両掌で白刃取りにされようともその手ごと吹き飛すパワー。
か細いその影に捉えられよう筈が無い・・・・

しかし、その指はそこで槍の動きを妨げず、逆にさらなる加速を槍に加えるように、
指の間に穂先を挟んだまま後方に腕を引きこんだ。
─それに対応する動きで前に逆の手をゆるやかに前へ。

見事な璧拳をカウンターで食らい、椋は飛び出した位置より後ろに着弾した。
この技は見覚えがある。直にくらったのは初めてだ。
トム直伝、ボクシングだか中国拳法だか骨法だかを纏めて編み出した打撃術。
トムが死んだ今、それを使うのは一人しかいない。

「よくやった、ガリュー」
「・・・・・・」

彼を迎撃したのは誰あらん。
無言で佇む"かつて"の相棒、ガリュー・C・ピエレットである。

裏切った?違う、奴が裏切ることは無いということはハッキリと断言できる。
残された可能性は一つ、道具の効果による精神を書き換えた使役。
しかし、精神構造の複雑な人間並みの生物へはそういった道具は効き目を成さない。
効果があるのは、何らかの状況で精神が不安定な隙間を形成したときのみ。

「てめぇっ!!」
言うなり肺に内面が焼け焦げたような激痛が走る。
先ほどの一撃は内部の隅々まで衝撃を加えていたらしい。遉だ。このバカ力女め。
「君をさっきフィーから助けてやったのはその表情を見たかったからだよ、
期待通りのいい表情(え)が見せてくれた、全く君もこの子もいい素材だ。」

「・・・っ」

反撃の言葉をくれてやりたいが呼吸するのもままならない

「昔からね」
昔─からだと?

「安心しなよ、彼女はまだ─こういうのも似合わないが─列記とした乙女だよ。
それと、彼女のパートナーは無事だ。その上正気を保っているし、ケガ一つ負ってない。」

くすくすと笑いをこぼしながらの奴の言葉の真意が、先ほどから全く掴めない。
いや、その前に奴はまるで俺の心を読んでいる様に語りかけてくる。

「ご覧に入れよう」

しゅるしゅると何処からとも無く幾重にも折重なって飛び出す縄鞭。
狙いを定めたのはギガゾンビの隙を伺っていたコニー。完全に不意を衝かれた。
それでもすぐさま白桐の柄を掴み上げ縄鞭へ向き直り迎撃の構えを固める。
伊達に若くして佐官を担っている分けではない。迫りくる蛇には既に7つの迎撃の準備を整えている。
しかしそれは全く無為と化す。縄は蜘蛛の巣の如く散開しコニーを包み込んだのだ。
絡めとられる瞬間に居合いの一撃を打ち込んでは見たが、刃は見えないほどに細くなった縄に絡めとられた。
そして鈍った動きを見計らうかのように、しゅるりと二条目の紐が走る。
それで完全に拘束をされた。

この妙技。摩訶の道具ではなく編まれた鋼線を技巧のみで操る術。
かつての部下であり戦友であったPの技「泰山条鞭」の一糸である。

「さぁ、これで二人目。といっても彼はもともとこちらの人間だがね。」

二人目の裏切り。それを呼吸の出来ない椋も、拘束されたコニーも許容できない。
その表情が可笑しいのか─いや違う、ギガゾンビは魅入っている。
人の表情が変わる全ての瞬間に魅入られているのだ。
そしてこれは感動の笑い。

「あは、はははははははははは」

一頻り笑い終え、目じりに溜まった涙を拭い取り、大きく息を吸う。
そして言い放った。

「これから、今回のテロの真の目的を見せてあげよう。」

 


 

ギガゾンビとトムが死闘を演じていたのとほぼ時刻を同じくして、ビル外でも戦闘が行われていた。

時空警察はこのビルの包囲に総兵力数の3分の1を使用。まさに蟻一匹通ぬ構えである。
その上、ビル自体を隔離シールドで包囲。時間、空間ともに完全に断絶されているのだ。
よもや十重二十重と織られた防衛ラインは誰にも抜けられることは無いであろう─

かつり、かつり。
その男は白い外套を翻し、さも当たり前の様に正面玄関から姿を現した。
正面玄関と裏口、遊撃部隊の侵入口だけは部隊の侵入口としてシールドを開いている。
敵が脱出するにはこのルートしかない。しかし、中にはトムをはじめ精鋭部隊が犇いている。
それが奥でナイフの露と化しているなどとは思うはずもない。
瓢─
右手から二条、すぅっと光が流れる。
それが小柄だったと気づいたのは銀線が隊員の眉間を凪いでからだった。

敵だ!誰かの絶叫とともに時空警察が一斉に戦闘態勢に奔る。
信じられない事態であるとはいえ不測では無い。
まさか個人で出て来るとは想定外だが、それでもマニュアルの対応策に順じ、敵を遠巻きに囲う。
円の守りは堅固、まして一糸乱れぬ精鋭の作る包囲網に歪む点などない、
如何なる使い手といえどこの陣形を一人で崩すことなど不可能であった。

ガゴン

一人で崩せぬなら誰かに崩して貰えばよい。
スリーフィーの後ろ、正面玄関を突き破って巨大な蜘蛛が顔を見せた。
異形の機械の出現による一瞬、陣形に動揺が奔る。
一瞬、まさに瞬き一つ束の間の陣の乱れ。
しかし長すぎる乱れ。
意識の隙間に入り込むように一足で時空警察の海に飛び込み、
逆手のナイフが一振り5人の頚動脈を切断する。
近距離に入り込んだ兎は捕らえられない。
奔る銀線、舞い散る深紅の液体。
次々に飛沫があがり、時空警察の屍血山河が為していく。

一方の巨大な蜘蛛は発光したかと思うや否や恐ろしい轟音と共に閃光を放った。
それが10億Vに達しようかという電撃だと認識できたものが果たしていただろうか。
その一撃は視認できる範囲内の命をほとんど焼ききってしまったのだから。
呻きすらなく、そこは静寂の中コックピットからの高笑いが鳴り響くのみである。


誰ぞ知らん。
ギガゾンビの真の目的─
計画実行の邪魔である時空警察の総兵力を一同に集め、
纏めて薙ぎ払うことであったということ。
まさにその計画は今完全に遂行され終えようとしている。

 


 

空中に立体投影されたビル外の光景をまざまざと見せ付けられ、
時空警察の決定的な敗戦模様を直視させられ─
なおも椋の鋭い視線はギガゾンビへ向けられている。

だから、どうした。と。

「全く、君はつまらないな・・・」
椋の表情をしばし眺めつつ、徐々にギガゾンビの顔に不満げな色が浮かんでいく。
何が彼女の目的なのか察することは難しいが少なくとも今の椋の態度は好ましくないように見える。
ゆらり、先ほどトムの腹に大穴を開けた杖が傾むいた。するとどういったことか、
時空警察によって時空間移動を封殺された筈のこの空間に、明らかな転移場が生み出されていく。
それもそのはずだ、その転移制限装置はカチューの大電流によってその全てが悉く破壊せしめられている。
カチューは元よりそのような装置があることを知らない、ただ暴れただけ、
               ギガゾンビ
その装置の弱点を完全に把握した上の開発者の采配だった。

その転移空間の中にツチダマ、そしてかつての仲間二人が送り込まれていく。
コニーはまだ言葉を発せ無い。発せても喉に食い込んだ縄により声を奪われている。
椋は彼らの行方を見守りつつも─まだ殺気はギガゾンビを食い殺そうと蠢いている。
ギガゾンビはコニーを見て笑顔を浮かべた後、椋に視線を戻し落胆の息を吐き出す。
傾いた杖は今度は椋へと向いた。

「これから先の映像では君の活躍は望めそうに無し、
ならここらで脚本から除いておいた方が良い画がとれそうかな?」


銀線が走り鮮血が散った。
しかし、その銀線はギガゾンビの背後より発せられた。

背後よりの刺突一閃。まさに起死回生の一撃。
彼の携帯していたマントの効果を見抜けなかった故の油断、
映像減算装置光学迷彩内臓「透明外套」それこそトムの最後の奥の手であった。
ごぶり、とギガゾンビの口から大量の液体が吐き出される。

椋、コニーの周りを光が包んでいく。先ほど、ツチダマやガリュー達をこの場より消し去った光が。
「なっ・・・時空移動!?」
「トムさん─」

その言葉を聞いてか、はたまた最後の一瞥のつもりだったか、
トムは最後に彼らへ振り向き視線を向けた。
─後は頼んだ、と。

椋、コニーの意識はここで失われた。

「く、ははは、成る程ね、貴方も限界だったわけか」

串刺しの状態でギガゾンビが笑った。己の口から流れていく液体など気にも留めない様に。
既に棍より手は離れているが、彼女は自分の胸に刺さっているものを抜こうとはしていない。
更なる血液の排出吼を開けない為である。無茶だといえば無茶だが、ある意味合理的だ。

なにしろ、目の前の相手は胸の大穴から向こう側が見えている。
少しだけ相手より生き延びることが出来るなら時間移動で幾らでも治療は出来る。
死の階段の13段目までに足がかかっている瀕死のトムからさえ逃げ切れば。
彼の命はもう既にゼロに近い。
しかし、

ゼロではない。

「残念ながら、お前だけはここで仕留めさせて貰う」

もう一撃、その命全てを拳に込め、トムは最後の剣劇の舞台へ立つ。
愛弟子二人のことは愛弟子二人へ頼んだ。彼らが処理してくれる。
ならば、自分はこの目の前の敵だけを処理しきればいい。
絶対的な信頼を元に、彼の全てはギガゾンビの駆逐へと向けられた。

その波動を受け取りギガゾンビも戦闘態勢に構える。
しかしながら、彼女の体制はあくまで「逃げ」に置かれた。
避ける、かわし切れねば受ける、防御しきる。それだけに意識を纏めた。

相手を完全に潰そうとするか、それをかわすか、
その意識の差が明暗を分けた。

閃光が奔った。
轟音が響いた。
その場には何も残らなかった。

 

- Pretense 了 -

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